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第2話「病は恋から」(2)

皮切りになったのは、ピコの発言だった。

「まあ、レン君が好きなのは、ボクだと思うんだけどね」

不気味な静寂に包まれていた一帯に、いつもの空気が戻ってくる。

「ないない、それはない」

ミクは右手を振って否定する。

「っていうか、ミク姉はどんだけ菓子買ってるんだよ。いくらなんでも買いすぎだろこれ。買い物袋一つがいっぱいになってるとか」

明らかに、一人で食べるには余りある量である。買い物袋がいっぱいを通り越して溢れんばかりだ。

「やー、さすがに少し買いすぎたかもね」

「少しってレベルじゃないでしょこれは」

傍らのルカから軽く額を叩かれ、ミクは舌を出して苦笑する。

「まあ、なにはともあれ、レン君が少しは元気を出してくれたみたいで良かったよ」

「ああ、うん。心配かけてごめん」

「それじゃ、ボクはそろそろお暇させてもらうことにするから」

「あれ? ピコさん、もう帰っちゃうんですか?」

「うん、まあ、いろいろやることもあるからね」

いそいそと帰る支度を始めるピコに、少しだけ名残惜しそうにしている妹ルカ。別にピコが特別だからではない。好奇心旺盛で人懐こい性格の妹ルカなので、お別れのときに気にかけるのはいつものことだ。

――大きくなったら、美人さん、なぁ。

レンは、先程のティータイムの中でのピコの言葉を反芻する。

彼女もまた、巡音ルカだ。大体に定着している巡音ルカのイメージからは乖離して姿かたちこそ小さいが、姉のほうと元は同じだ。仮に成長すれば今の姉の姿と瓜二つに違いない。

『知り合いっていうか、うん……えーと、なんていうのかな? リンの、お姉さん?』

だったら、彼女は? リンとよく似た容姿を伴った、リンの姉を名乗ったあの人は?

不意に脳裏をよぎる彼女の姿。

『デュエット、楽しみにしてるね。マスターに言っておくから』

満面の笑みを湛えて、あのとき彼女はそう言った。

「レン、おーい、レン?」

少し間延びしたミクの声。ハッと意識を揺さぶられてレンは呼びかけられたほうを吸い込まれるように見やる。

「どうしたの、さっきからボーッと突っ立ってて」

「ああ、いや、なんでもない」

「ふーん」

と、相変わらず気だるげに応え、ミクは弾かれたようにそっぽを向く。気がつけばピコはもう家を出ていっていなかった。





テレビのゴールデンタイムが過ぎかかった頃。

自室でうたた寝に耽っていたレンは、まどろむ意識の中でゆっくりと上体を起こす。

部屋の明かりは付けっ放しだったが、風呂はもう済ませた。時間帯的にこのまま明かりを消して本眠りに入ってもよかったのだが、喉の渇きを覚えたのもあり、ひとまずはそちらを満たしたいばかりに外へと出る。

誰もいない台所で冷蔵庫から500ミリサイズのペットボトル入りのコーラを取り出して、ふらふらと収録場へと赴く。

本来この場所は行く予定にこそなかったのだが、気がつけばやってきていた。

この時間帯、収録が行われることが多い。レンはそのことを知っている。もしも一家の誰かが収録に望んでいれば、この時間に誰かしらこの場にいることになる。

――誰も、いないか。

一縷の希望を抱いていたのだ。もしかしたら、彼女にまた会えるのではないかと。

しかし『三日前』に初めて出会ってから、彼女に会うことはなく、悶々と一日を過ごすだけだ。もしかして、あれが最初で最後の出会いになるのではという不安すらもがレンの頭をもたげて一層の不安を煽るばかりだった。

持参したボトルは未開封だ。この場で開け放って三口ばかり喉を通す。不安と焦燥入り混じった今の心持のままでは、ろくに味もわかりはしない。

本来この家に備え付けられた収録の場は、他にミクやルカなど、同居している者しか使うことがない。しかし彼女の姿はあれから、見かけることもなかった。あの人は一体何者で、どこからやってきているのだろうか。

「レン。こんな時間にどうしたの? もしかして収録?」

考えごとに耽るレンを、横から呼び掛ける声。

――リン?

いつも軽口や悪態を叩き合ってる彼女の声、にしてはいつになく大人びた声。リンの面影を持ちながらも、少し違った声。

この声の主を、レンは知っている。

振り向くと、待ち望んでいた人物の姿が、そこにあった。

「こんばんは。ご機嫌いかが?」

たおやかに笑みを浮かべ、彼女は少し腰を屈めて上目遣いに告げた。

「ぼちぼち、かな。収録に来たってわけじゃ、ないんだ。ただなんとなく、ここに」

その言葉は半分が嘘だ。

『もしかしたら、あなたに会えるような気がして』

とは、言えるはずもなく。しかしその小さな希望は現実となり、彼女は確かにそこに立っていた。

「そっかぁ。アタシは、マスターに言われてた収録が控えててさ。少し、時間には早いんだけど……あ、レン、それってコーラじゃない? ちょっともらっていい? アタシ喉渇いてて……」

「えっ? あ、いいけど、それってオレの口つけたやつで……」

しかし彼女は話全て聞いているのかいないのか、レンの片手に握られたコーラのボトルを半ば強引にぶんどって、口をつけて流し込んだ。

彼女は事もなげにやっていたが、そんなことをされてはレンの内心、平静ではいられなかった。なにしろ一度、自身が口をつけたところに口をつけてきたのだ。即ち間接キスに他ならない。

「だ、大胆な人だ……」

「え、何が?」

彼女は自分のやったことを理解しているのかいないのか、やはり涼しい顔のまま。その豪放さにレンは驚嘆の意を隠せない。

「いや、だってこれオレの飲みかけだし」

「ああ、間接キスってことね。気になるんだ?」

彼女は目を細め、悪戯っぽく笑う。

「だったら、間接じゃなくて、直接キス、してみる?」

「はいぃ!?」

あまりにも唐突で、大胆すぎる提案に、レンは声が上擦ってしまった。

「冗談だって。さすがにそういうのは、好きな人としないとダメだもんね」

ふふふ、と少し笑みを滲ませながら、彼女はレンの隣へと立つ。こうして並ぶと背丈ではレンよりも彼女のが大きい。改めて、相手が年上なのだとレンは思う。

「そういえばさ、レンって、好きな人とかっていたりするの?」

どくん、と、一際心音が大きく響いたような、そんな気がした。反射的に「え?」とレンが呟くのも束の間、彼女は二の句を次いだ。

「レンってお年頃だし、そういうのいたって何も不思議じゃないんだよね。そこのところどうなのかなって思って」

「い、いや、オレは……」

「レンって見た目かっこいいし、モテそうなのになー……」

「そんなことないよ。オレより友達のピコ君のほうがかっこいいし、気も利くし」

「ピコ君って、歌手音ピコ君のこと? 確かにかっこいいとは思うけど、アタシはレンのがかっこいいとは思うなー」

普段のレンであれば、別にこのくらいのことでは動じない。街中を歩いていても、女の子のほうから声を掛けられた経験は一度や二度ではない。大抵の褒め言葉はもはや聞き慣れている。けれども、このときばかりは違っていた。

かっこいい。モテそう。(ピコより)レンのがかっこいい。

無造作な彼女の褒め殺しがことごとく胸を穿ち、悶々とした気分にさせる。彼女といると、何か調子が狂う。

「べ、別にオレに仮にそういうのがいたって、アンタには関係ない話だろ」

「あら冷たい。どの子が好きかとかまで教えてくれたら、巧くいくように御膳立てくらいはしてあげたかもしれないのに」

「いいよ、別に、そんなの……してもらっても、逆効果かもしれないし」

「ふーん、やっぱり居るんだ? ちょっとカマかけただけのつもりだったのに」

厭らしく笑う彼女を前に、レンは「しまった」と頭を抱えた。話の振り方では、どうやら彼女のが一枚も二枚も上手のようだ。

「ねえ、アタシだけにこっそり教えてよ。他の人には内緒にしておくからさ」

ヒソヒソと耳打ち。しかしレンは全力で首を横に振った。

「いる、なんて一言も言ってないだろ。っていうか、そう言う人に限って周りに言い触らすんだよ。それで何遍もリンの奴に騙されてきたからなぁ」

「悪気はなかったんだよ、ごめんて」

彼女の謝罪の声は小さく、レンには聴き取れない。

「この目が、嘘をつくような人の目に見える?」

不意に、肩に当たる人肌の感触。双肩をつかむ彼女の手。自らの双眸を見せつけるかのように、真ん前へと顔を近づけてくる。

昼間、ピコに額をつけてこられたときと似た状況だ。しかし相手はレンが不得手な目上の女性。焦燥と羞恥心さまざまな想いが入り混じって狼狽する。

「か、顔が近いって……」

レンは小鳥の囀るような、か細い声を絞り出すので精いっぱいだった

「そんなことはいいから、答えてよ」

呼吸をすれば、吐息が顔にかかりそうなくらいの、近接距離。

「いや、だからそういうのいないんだって……」

「レン、隠してるのはわかるんだよ。目が泳いでる」

彼女は目を細め、口角を吊り上げてほくそ笑んだ。底の見えないような、澄んだその瞳は、しかし些細な嘘は射抜いてしまいそうな鋭さをも孕んでいた。

逃げられない。レンは直感的に判断する。

『レンって嘘つくのヘタクソだよね。嘘ついてるときは相手の顔を見れない』

とは、以前にリンに言われたものだ。リンに対しては、嘘はほとんど通用しなかった。どうも嘘をついているときの挙動を見抜いているようだった。

「い、いや、だから……」

半ば観念という文字がレンの脳裏をよぎったそのときだ。

「二人とも、何やってるの?」

不意にかかる声は、レンの目前に詰め寄った彼女からのものではなかった。

レンの見据える廊下の奥から覗くルカの姿。

「あら、ルカ姉。ちょっと、ね、収録までちょっと時間があったから。あ、そろそろ行くね。それじゃあ!」

彼女はちょっとだけぎこちなく応え、両肩に乗せた手を離して、軽やかな足取りでその場で手前の収録の場まで。

「また会おうね、レン。おやすみ」

向かおうとするその直前で、そっとレンの耳元に口を寄せ囁いた。レンが何か言葉を返す間もなく、リンの面影を持った彼女は、ガラス窓越しの収録場へと足を踏み入れ、手の届く処からいなくなっていた。

防音壁を隔てた向こう側からの音は、もう聴こえないし、廊下側からの音も一切向こうには聴こえない。音の届くところに残ったのは、レンと、たった今、姿を現したルカの二人。

「ごめんね、もしかしてお楽しみ中だった?」

とは、ルカの次の句だ。

「な、何言ってるんだよルカ姉」

「ふーん、あの子もなかなかあざといわねぇ」

ルカの視線は、ガラス張りの向こう側。マイクの前に立って準備を始める彼女の姿に注がれている。

「そういえば、ルカ姉はどうしてここに?」

「何気なく来てみただけよ。とくにこれといった理由はないの」

ルカは踵を返し、来た処から引き返していく。その背をレンは無言のまま見送った。

ガラス隔てた向こうでは、彼女は眉を逆ハの字に引き締め真剣な面持ちで一枚の紙を手に向き合っていた。

歌詞カードだろうか。先程から彼女の視線を捉えて離さない。

この時間からの収録ともなれば、終わるのは早くとも日を過ぎる前後になる。先日のように、歌っているその姿を見守りたい気持ちもレンの中に山々ではあったものの、しかし打って変わって真摯な表情で取り組もうとしている姿を眺めていると、邪魔をしているかのようで、憚られた。

ふと、喉の渇きを覚えたレンは手元にボトル入りのコーラを握りっ放しだったのを思い出す。キャップを開けて、少しばかり喉へと通す。

『間接キス』

先程の彼女との話で浮上した言葉が、にわかに思い出されて。レンは顔の底から燃え上がるように熱くなりそうだった。

コーラの味は、もはやしなかった。ただ少しばかり甘い水を飲んでいるような感覚だ。

――オレ、あの人と間接キス、したんだ。

そんな事実が突きつけられて。

いたたまれなくて、その場に背を向けてレンは引き返す。しかしその前に、一度ばかり振り向いて、

目が合った。

彼女は少しだけ微笑んで、軽く手を振ってくれた。その姿が、素直に可愛くて、とても印象的で、レンの瞼の奥へと焼き付いた。





「ルカ姉、どうして口出ししたのさ」

台所のテーブルを前に腰かけたミクが、肩肘をついてホットミルクを啜る。ほんの少しだけ頬を膨らませ、不満げだ。

「レンが回答に困るからよ」

ルカはもそもそと流し台で洗い物をこなしながら、素っ気なく告げた。

「それでいいんだよ。そうでもしないとリンが報われることってこの先ずっとなさげだし」

いつもは気だるげな話し方ばかりするミクだが、このときばかりは少しばかり語気が強かった。

「辛辣ね、アンタも」

「ルカ姉、レンは成長した姿のリンに一目惚れしてるんだよ。皮肉なことに、相手は普段から口喧嘩ばっかりやってるリンだってことに気付かないまま」

「わかってるわよ、そんなことくらい。レンの様子が三日前から少し変なところを見れば、そのくらい想像はつくから」

「一方のリンはさ、レンのことが好きなんだよ。でもいつもの姿のままだとつい軽口を叩いてしまって素直になれないから、大きくなった姿でアプローチしてるんだよね。少しでも、レンの意識を惹きつけたくて」

「アンタ……」

カチャカチャと音を立てて食器を洗っていたルカの手が、止まる。

怠惰で適当な性格でありながら、こういう処に妙に鋭く、気配りの利くのが彼女だった。なんだかんだで彼女がルカやリン、レンたち他のボーカロイドたちと信頼関係を築ける所以だ。

「でも仮に、リンがあの姿でレンを巧くアプローチできて想いを成就させられても、レンが好きなのはあくまで大きなリンだからね。複雑だろうね、リンは。しかもレンの中だと『リンの姉』って扱いになってるからあくまで別人だし」

「アンタなりにいろいろ考えてるのね」

ほんの僅かな挙動も見逃さないミクの洞察力に、ルカは脱帽の想いだった。

今より三十分前、たまたま収録場の前に成長した姿のリンとレンとが話をしている光景を目の当たりにしたミクとルカは、こっそりとその成り行きを見守っていたのだ。しかしレンがリンによって好きな相手のことを炙り出されようとしたのを庇うように、いや実際に庇う形でルカが飛びだした。

レンを庇う気もなかったミクにとっては望まなかったことだ。

「そうでもないよ。ただ、そのほうが面白そうだったからさ」

「そういうことにしておくわ。アンタも人が悪い」

ふっと軽く溜め息ひとつ、ルカの手が再び洗い物をこなし始める。

そうこうしている間に、ホットミルクを飲み干したミクが傍まで寄ってカップをルカに手渡した。

「お腹も温まったことだし、ひとまず先にお休み」

「……って言っておいて、ちょっとだけ、収録中のリンの様子でも見に行くんでしょ。アンタのことだから」

破天荒な行動に時折声を荒げることはあったものの、この自堕落なミクとは数年来の親友でもあるルカだ。ミクの考えそうなことは彼女なりに想像はつく。

「やー、どうでしょうかねぇ」

ルカに対して背を向けて、台所を立ち去ろうとしながら呟いたミクの声は、いつもの気だるげなものに戻っていた。


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