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第1話「リンお姉さん、現れる」(1)

「レン君ー、これどうなってるんスかー? この前、もっとアタック強調しろってマスターに言われたんスけど」

昼下がりの台所の中、一人もしゃもしゃとご飯をかきこむ鏡音レンに、犬のようにけたたましく飛びこんで訊ねてきたのは、めぐっぽいどことGUMIだった。

「グミ姉、食事くらいちゃんとさせてくれよ……。ってかまた来たのかよ。ミク姉ならここにはいないよ。もー毎日のように来るのはいいけど騒々しくて食事に集中できねーよ」

レンはあからさまに不機嫌な声でGUMIに抗議の意思を送る。

「食事なんて後でいいじゃないっスか!」

「よくねーよ……」

華麗に抗議をスルーされたレンは肩を落としてげんなりする。

どうやらGUMIにとっては己の問題事項はレンの食事より優先すべきものであるらしい。

「アタックってのはアレだろ。子音のことだろ。グミ姉は多分子音が弱いんだよ。マスターはそこを言ってる」

「じゃ、じゃあどうすればいいんスか!?」

GUMIは眉をハの字に歪め、目を細めた。

どうやら説明が足りないようだ。貴重な食事の時間を邪魔されて不快感を拭いきれないレンだったが、少しでも早く再開させたい一心で説明を付け足すことにした。

「要するに歌い方にメリハリが足りないんだよ。もっとハキハキさせてってことだろ。VEL(ベロシティー)を短めにするか、子音分割すれば改善できるよ」

「さ、さすがレン君っス! 即答! すごいっス!」

「納得したなら早くどこか行って。オレ、昼飯邪魔されて少しイラッときてるから」

「レン君は犬っスか! 食べ物目の前に食欲抑えきれずに、邪魔されたら怒る犬っスか!」

「じゃかあしい!」

やいやいと囃し立てるGUMIにそっぽを向いてレンは続きの飯を喰らう。

GUMIは満足する回答を得られて得心したのか、犬のように大きく足音を鳴らしながら退散していった。

再び、台所にはレン一人が残される。台風のように賑やかな存在が消えたことで戻ってくる静寂。まるで台風通過直後に迎える晴天である。

その場に鳴り響くのは、一心に食事をとるレンの咀嚼音と、食器の音。

やがて全てたいらげたレンの元に、また姦しい来訪者が現れる。

「レーン、ちょっとこれ教えてー!!」

この一室を越えて外まで鳴り響きそうな甲高い声を発しながらやってきたのは、

「リン、そんなデカい声で言わなくても聴こえてるっての」

鏡音リン。レンとのコンビでもお馴染みの少女だった。

「あー、ごめんごめん。でもちょっとわからなくてさ」

「オレ、飯食ったばかりでせっかく一息ついてたところなんだから少しは気遣ってくれよ」

「えー? そういうこと言う? そもそも皆がご飯食べてるときに出かけててお昼ご飯を遅らせたレンが悪いんじゃないの?」

「仕方ないじゃん、用事なんだから」

「あー、まあいいや。で、本題なんだけど、あたしの歌い方、マスターに破裂音が煩いって言われちゃってさー。これどうにかしたくて」

破裂音とは、いわばか行やた行などの発音で舌や歯などが噛み合って発せられる音のことだ。

GUMIからの質問に即答できたレンには、すぐに言っていることも理解できた。

レンは頭がキレる。歌唱の知識にも長け、故に他のボーカロイドからも頼りにされるのだ。先程のGUMIの一件も然り。

「えー? そんなの自分でどうにかしろよ。ってか、マスターがDAWの中で切ってもよくない、それ?」

「うわっ、ひど!? さっきGUMI姉に訊かれてたときはちゃんと答えてたのに、あたしの場合はそれ!?」

「つーか、リンはなんでもかんでもすぐにオレに訊きすぎなんだよ。まずは自分で何とかしようとする癖をつけろよ。この前だって、声の張りが強すぎるって言われたのをどうにかしたいってのを訊いてきて教えたばかりじゃん」

「あー、うん、そんなこともあった気がする」

他人事のように答えるリンの表情に悪びれる様子は一切ない。

レンが呆れるのも当然といえば当然だった。お互いに鏡音の名を冠してコンビで売られたボーカロイドのよしみか、なにかと一番に質問が多いのはリンである。

「わからなかったら、まずは自分で調べる。おk? ドゥーユーアンダースタン?」

「うん、わかった。で、破裂音の消し方ってどうやるの?」

「お前、オレの言ってること、これっぽっちもわかってないだろ……」

自分で調べる努力をしなさいと言った矢先の、調べる気ゼロのリンの発言にレンは文字通り頭を抱えた。

道理でリンから訊かれることが減らないはずである。レンからの説明に対して理解がなさすぎるのである。例えるなら5を言って1程度しか理解していないようなものだ。

「『ボカロ 破裂音 削り方』でぐぐればおk」

「ひど!? 教える気ゼロじゃない! ミク姉でも、もう少しマシな答えくれるよ!?」

「オレはミク姉じゃない」

「もういい、わかった。レンには訊かないから!」

素っ気なく答えるレンにとうとう痺れを切らしたのか、リンは踵を返して荒っぽい足取りでその場を立ち去った。

一人残されたレンは、やれやれと髪を掻き、空いた食器を流し台にまで持っていく。

持っていった食器をその場で洗浄し、片づける。

クリプトン製ボーカロイドの中で年少組と位置づけられる彼だが、この家庭におけるレンは家事に長け、後片付けにもマメな性格だった。

――リンの歌唱力は良いと思うんだけどなぁ。

質問を足蹴にして、つれない態度で怒らせてしまったものの、レンはリンが嫌いというわけではなかった。

ただ何に関しても自分で調べてものにしようとしない、人への依存心が気になっただけだ。むしろ当人が発揮する歌唱に関して言えば一際輝いて見えた。

リンの歌声は、レンも何度も聴いてきた。時にはコーラスやハモリなどで一緒に歌ったこともあった。

腹の底から唸るような力強くて、でもどこか繊細さも兼ね備えた声。

歌っている時のリンは前向きで一生懸命だ。

――そういえば、リンは最近、収録中なんだっけ。

歌わせてみたい曲があるからと、マスターに呼び出されていたのを思い出す。

ここのリンやレンを管理しているマスターは作編曲をしない・できない。歌わせてみたい曲とはいっても、人様が完成させた曲のボーカルレス音源を引っ張ってきて、そこに合わせて歌ってもらうものだ。

リンが訊いてきたのは、その収録中においてマスターに指摘されたことだったのだろう。そのときはマスターが指導、調整できるからなんとかなるものの、その対処により、どういう形で効果が発揮されているのか、今一つリンには掴みきれないに違いないとレンは考えていた。

――少し、様子を見に行ってやるか。

マスターが収録を行うのは完全に不定期なので、今、様子を見に行ったところで行われている保証はない。けれども、もしかしたらそこで、リンが歌っているかもしれない。

朧気な不安とも期待ともとれる想いを胸に、レンは台所を出て収録場へと向かう。道中、他のボーカロイドたちとすれ違ったので軽く挨拶など交わしながら。





目的の場所には先客がいた。

リン、レンのお姉さん分にして、ボーカロイド界ナンバーワンアイドルの初音ミクだ。

収録場は通路に面したガラス窓の奥。そのガラス窓から、ミクが眼下の光景を眺めていた。

「ミク姉」

呼びかけると、ミクは振り返った。

「レン、どしたの? もしかしてマスターに呼ばれた?」

どこか気だるげに聴こえるミクの声。別に眠いとか、機嫌が悪いとかいうものではない。ここに住む初音ミクの特徴だった。

「いや、そうじゃないんだけど」

「やー、頑張ってるよね」

語尾を吊り上げ嬉しげに言って、ミクが見やる先、

レンもつられて視線を送る。

「あれ?」

そこには、数多の収録機材に囲まれて、一人佇む女性の姿があった。

――リン?

……じゃない。

よく見知った彼女かとレンは思いかけたものの、どうやら別人のようだ。

確かに着ている服こそよく似ている。しかし彼女はあれほど背が高くないし、髪も長くなかったはずだ。

それ以前に、見かけたことのない人だった。

新しいボーカロイドもしくはUTAUの人かな、とレンは考えた。ここのマスターは次から次へと新しいボーカロイドやUTAUをお迎えする癖があるので、油断すれば見慣れない人を目にすることなど、いわば日常茶飯事。

「ミク姉、あの人、誰?」

「あー、レンは知らないんだね」

「え?」

ミクは性格柄、新入りの人達と打ち解けるのが非常に早い。本人に訊けない、訊きづらい状況であれば彼女に訊くのが一番手っ取り早かった。

「ああ、いや、なんでもないよ」

しかしミクは少し語尾を濁らせ語ろうとはしない。その態度が少しレンには引っ掛かる。

ふと、窓越しに機材に囲まれて歌っていた女性と目が合う。

それまで少し眉を潜ませ真面目な面持ちで立っていた彼女は、少し硬直して口を半開きにしたものの、すぐに口角を緩ませ目を薄くする。やがて小さく手を振ってみせた。

収録場は雑音を遮断するため、強固な防音壁で隔てられている。そのためお互いに一切の音を聴き取ることはできない。

挨拶代わりといったところだろうか。

だが、その何気ないはずの仕草は、窓越しに見つめるレンの身体を大きく揺さぶった。まるでボクサーから脳天に強烈な一撃を見舞ったかのような衝撃が電流の如く全身を駆け廻っていく。

綺麗、可愛い、そんな簡単な言葉で言い表せない得体の知れない気持ちが溢れて、

「あ、レン、そろそろ歌うんじゃないかな」

収録場の中の女性に惹きつけられていたレンの意識が、急速に現実へと引き戻される。レンが慌てて見やると、彼女は既に緩めていた表情を引き締めてマイクに向かっていた。

歌っているのか、口を動かしている。

強固な防音仕様を施されているため、ミクとレンの立つ廊下側と、彼女の立つ収録場との音は通うことがない。

「あの子さ、歌はメチャクチャ巧いんだよね」

不意に、隣のミクがぽつりと囁くように話す。

「私にも何度も歌い方のコツとか訊きに来たことあったんだけどさ、正直、私からあの子に教えられることってあんまりないんだよね」

「え、そうなの?」

レンからしてみれば、少し信じ難いことだった。

ミクは気だるげな話し方や素振りとは対照的に、いざ自身が歌うとなれば持つ力を存分に発揮する。その歌唱力たるや、ここのマスターの元に居るVOCALOID、UTAUたちの中でも指三本に入るとも言われるほどだ。

そのミクをして教えられることがあまりないと言わしめるのは、相当な素質がある人物なのだろうとレンは素直に思った。

「他のボーカロイドマスターも初音ミクを指して言う人いるんだけど、私は感情表現が少し苦手なんだよ。どっちかってとリンやレン、GUMIとかのが巧いと思うし、それで歌の聴こえ方って実際かなり変わるからねぇ」

「でも、オレもリンも滑舌が悪いとはよく言われるからなぁ……」

鏡音リン・レンの扱いが難しいと言われる大きな要因の一つだ。子音が弱く聴き取り辛い状況が少なくない。

「感情表現、なぁ……」

言われてみれば、リンやGUMIの歌い方は情緒豊かで胸に響くものがあるとはレンも思った。しかし、だからといって一方のミクの感情表現が下手かといえばそうだとは考えていない。それはあくまでミクの主観でしかない。少なくともレンにとっては、隣に立っているミクの歌においての感情表現は、決してリンやGUMIに劣っているとは思えなかった。

窓越しに歌っているのであろう彼女の歌声は、とても巧いとミクは言った。ミクと彼女とは、そこそこに交流があるのだろう。

ミクは自身にはわからない、彼女のことをいろいろ知っている。そういう考えが導き出されてきて、レンは少し胸がざわめくような気持ちになる。

窓越しの彼女は、歌っていた。腰下まで伸びた長い髪を揺らしながら、想いを乗せて歌う。

音の通らない、壁を隔てた先に佇むミクとレンにその声は届かない。届かないけれど、歌詞に載せられた作者の想いを汲み取って丁寧に歌いあげようとしていることは、部屋越しにでも感じとることはできた。

そんな彼女の姿を、レンは息を飲んで見守った。

隣で佇むミクもまた、無言で中の様子を見据えている。

歌の最中、時折、マスターからの指示で中断されるのか、口を動かすのを止める仕草は見られた。しかしそのマスターの声も、部屋の外からは聴こえない。

ミクやリン、レンたちのマスターと、彼女たちボーカロイドとがやり取りするのは基本的にこの収録用の一室が中心だ。彼女たちが住んでいるのはあくまでインストールされたPCの中にすぎない。マスターたる存在は収録用の一室を通じ、その場所で歌うボーカロイドたちに指示を飛ばしてくるのだ。

マスターからの注文を受けて何度もリテイクを行っているのか、彼女は歌うのを止めたり再開したりを繰り返している様子だった。

注文なり指示なり出してくるマスターは、決してこの場所に現れて直接触れられるような存在ではない。あくまで、収録場にあるスピーカーから声を発してやりとりをするだけだ。稀に備え付けられたモニターから顔を出力して会話も行うが、そんな機会は滅多とない。基本的に声でのやり取りが中心だ。

やがて、収録を終えたのか、もしくは休憩にでも入ったのか、マイクに向かっていた彼女は大きく伸びをして、ミクとレン、2人のいる廊下へと向かい、ゆったりとした足取りで歩いてきた。

電動式のスライドドアが開いて、収録の場から姿を現す。

「お疲れー」

それをミクが相変わらずの気だるげな声で出迎える。

初めて見るボーカロイドともUTAUともつかない初対面の人が、どう反応して、どういう声でミクの挨拶に応えるのか。レンの胸が微かに高鳴る。

「ありがと、ミク姉」

右手を挙げて挨拶を返す彼女の口調は非常に軽やかだ。

「あっ、と……君は……」

――目が、合った。

彼女とレンとは初対面のはずだ。ミクとは知り合いだそうだが、レンはあくまで初見だ。

ミクに声をかけて、隣のレンに声をかけないわけにもいかず、彼女の意識は当然彼にも向く。目と目が合って、

『お疲れ様』

と、いう言葉をかけるのは至極簡単なことのはずなのに、まるで喉の奥を栓でもされたかの如く、声がひっかかって巧く出てこない。

なかなかのコミュ障を発揮して、レンが自身に苛立ちを募らせかけた頃、彼女のほうが先に口を開いて声をかけた。

「はじめまして」

「あ、えと、はい、はじめまして」

つられるようにレンも軽く会釈をして、挨拶をする。声が上擦って、いつもよりやや高い。

「鏡音レン君、だよね?」

「え、あ、うん。なんで、オレの名前を?」

「レンってば、緊張しすぎ。女の子とまともに話したことないコミュ障のオタクみたい」

「ミク姉、うるさい」

茶化すミクを尻目に、レンの名を知る初見のはずの女性は言葉を次いだ。

「あー、うん。リンから訊いてたから、一応」

「え、リンと知り合い?」

よくよく見ると、彼女はレンよりも背が高かった。

声質から考えると、同じクリプトン製ボーカロイドとして年上に設計された巡音ルカくらいの年齢だろうか。少なくともレンより年上なのは一目瞭然だった。

「知り合いっていうか、うん……えーと、なんていうのかな? リンの、お姉さん?」

「え、リンに姉なんていたっけ? 少なくとも、オレの知ってる限りじゃ、リンに姉なんていなかったと思うんだけど……」

「妹ちゃんと同じようなもんだよ」

ミクが割って入る。

『妹ちゃん』とは、このボーカロイドの世界での巡音ルカをそのまま幼くしたような少女で、ルカの妹として存在するもう一人の巡音ルカである。姉のルカと区別するためにそういう呼ばれ方をするのだが、それはまた別の話。

「漠然としててよくわからないよ、ミク姉。でも、言われてみればリンと似てるかも」

そう、レンにとって馴染みの深いリンを、そのまま成長させたかのような。髪が長いという、リンとは大きく違ったところこそあるものの。

声も、姿も、よく似ている。

「そういえば私、ちょっと眠くて昼寝してくるから、後は二人適当にやってて」

「え、ちょ……ミク姉!?」

唐突に口元に手を寄せて欠伸をしながら、その場を後にしていくミクの後ろ姿に、レンは戸惑いを隠せない。これ以上なにかをその背中に向けて発する暇もなく、ボーカロイド界屈指の歌姫と名高い初音ミクは昼寝という事由で姿を消した。

「行っちゃったね」

リンの姉を名乗る女性が、頭を掻きながら言った。

「ミク姉、突然すぎるよ……」

初対面の年上女性と取り残されて、どうすればいいのと頭を抱えるレンを余所に、しかし当人は、

「ちょっと、時間ある?」

少し悪戯っぽく微笑んでそう告げた。


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