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第2話「病は恋から」(1)

「こんにちは」

来客を示す突然のインターホンに応えて外へ飛び出した巡音ルカを待っていたのは、歌手音ピコだった。

手土産だろうか、左手には全国有数のドーナツチェーン店のロゴ入りのビニール袋を下げていた。ビニール袋には小箱が入っており、中にはドーナツが入っているのだろう。

「こんにちは、ピコ君」

「ルカさん、良かったらこれ、皆で召し上がってよ。ささやかながら」

袋ごと、小箱を差しだすピコ。

「あら、ありがとう。レンなら自分の部屋で耽ってるはずよ。後で紅茶でも淹れてあげるから遠慮なくあがってね」

ピコは、余所の家に来るのに必ずと言って良いほど手土産を携えてくる。彼の気遣いは、ルカにとっても感服するものだ。立ち振る舞いも好青年然で、接していて気分が良い。

「失礼します」

軽く会釈をして、ピコはルカの横を通り過ぎ、家の中へと入っていく。

その姿をゆるりと見送って、ルカも後に続いた。





「レン君、入るよ」

部屋の扉を一応ノックはした。「ピコ君か、いいよ、入って」と声がしたのを確認して、中へと入る。

部屋の隅っこに並べ立てかけられたハンガーに吊るされた外出用の上着の列。奥に設置されたテレビと、テレビに接続された家庭用ゲーム機。さらにテレビの脇に据え置かれた、天井に届きそうなくらいに大きな本棚と、その中にずらりと並んだマンガや文庫本、何かの教則本と思しき大きめな本の列。

また、部屋の入口のすぐ傍の壁にはホワイトボードが掛けられていて、他のボーカロイドたちと撮った写真の数々が磁石で貼付されている。

部屋の主、鏡音レンは奥の片隅に置かれた机に肩肘を立て、近くの窓から外の景色を見やっていた。

入口で佇むピコからは、レンが如何な面持ちで窓の外を眺めているのか、わからない。しかし彼の気分が優れないものでないということは、すぐに察しがつけられた。

レンとピコとは、時折一緒に遊ぶ友人同士でもある。普段のレンであれば明るく歓迎してくれたものだが、今回は胡乱げで様子がちがう。

「聞いた通りだね。体調が優れないのかい?」

「聞いた?」

その言葉に反応したレンがゆっくりと首を傾けて、ピコの方を向いた。

「昨日、リンちゃんから電話で聞いたのさ。最近、レン君が元気ない……とね。心配になって訪ねてきたんだけど」

「リンから? アイツから心配されるなんて、相当ヤバく見えるのかな、オレ」

レンは目を伏せ、自嘲げに嗤い、溜め息を一つ。

「大丈夫だよ。ちょっといろいろあって疲れてるんだよ」

「そうかい? レン君はいろいろ気負うところがあるから、気疲れしてるのかもしれないね。悩みがあるなら、ボクで良ければ乗るよ?」

「ありがとう。でも大丈夫」

そう、力なく答えるレンの目は、ややの舌を向いていて、まっすぐピコの目を捉えてはいなかった。

心許ないレンの挙動が、心配してやってきたピコの不安を強く煽る。

――大丈夫じゃないだろうに。

無理しているのが明らかで、見ていられない。やれやれ、と髪を掻き、俯くレンの傍らに寄る。

膝を屈め、椅子に座るレンと視線の高さを揃えたピコ。顔を寄せ、レンの額に手を添える。

「ピコ君、顔が近いよ」

実際、少し息を投げかければ届きそうな距離なのだから仕方がない。驚いているような、ためらいと困惑も少し入り混じったような声で囁いたレンだが、拒絶はしなかった。

「ふむ、熱があるというわけではなさそうだね」

「まあ、普通に生活できるくらいには動けるからね」

「それを聞いて少し安心したよ」

ピコが腰を上げた――そのときだ。

「お待たせしました、ピコさんにレンさん」

銀のトレイに3つのマグカップと、3つの小皿にそれぞれドーナツを乗せたルカが颯爽と部屋に入ってくる。

「これは、小さいほうのルカさん。手数をかけさせて悪いね。ありがとう」

「小さくないです!」

巡音ルカ……というには背も小さく、顔立ちも幼い少女だった。容姿はとてもよく似ているのだが、さらに言えば声も幼めだ。「小さい」と言われても仕方ないのだが、彼女は少し頬を膨らませて抗議する。

「ルカさんのお手伝い……と、一緒に紅茶してきなさいって言われたところかな」

「はい、そんなところです」

年齢にすれば12、3歳くらいといったところだろう。鏡音リンやレンよりも年下といった雰囲気を醸す少女だった。

「しかし、見れば見るほどルカさんによく似てる。大きくなれば美人さんだね」

「あ、ありがとうございます」

小さな巡音ルカは、少しはにかんで下を向いた。

「ピコ君、妹ちゃんはルカ姉と元は同じ巡音ルカなんだから、大きくなったら見た目はルカ姉だよ。性格は違うから雰囲気は違うだろうけど」

「それはわかっているさ。でもレン君、それは少しデリカシーがないと思うな、ボクは」

「そりゃそうだね。やっぱりピコ君には敵わないな。ごめんな、妹ちゃん」

椅子に座っていたレンが、重い腰を上げた。

「ううん、いいんです。ふふ、姉さまと同じ、かぁ」

小さな巡音ルカは、部屋の真ん中に座り込んだ。そこに置かれたちゃぶ台の上へ、マグカップと小皿の乗ったトレイをゆっくりと降ろす。

立ちあがったレンもまた、傍まで寄って座り込む。ピコもレンに続いて腰を降ろした。

「妹ちゃん」と呼ばれたこの小さな巡音ルカは、姉のルカを少し幼くしたような容姿を持った、もう1人の巡音ルカとして存在していた。容貌こそ酷似しているものの、しかし確かに別人の巡音ルカである。「ルカ」では姉と混同してしまうため「妹ちゃん」もしくは「妹ルカ」と呼ばれるのが、彼女を知るボーカロイドたちの間で浸透していた。

「これは、ボクが手土産に買ってきたドーナツだね」

「美味しそうです。えーと、オールドファッション、フレンチクルーラー、ハニーチュロス……ですね」

「妹ちゃん、よく名前がポンと出てくるね……」

一目見ただけで種類を言い当てる妹ルカの博識さに、レンは目を瞬かせる。

どれも比較的王道なものだが、だからこそ好き嫌いも少なそうだという理由からピコが選んだものだ。

「小さいのに博識だね、妹ちゃん」

ピコはそんな妹ルカの頭をよしよしと撫でる。

「小さくないです!」

しかし小さいという言葉に反発した妹ルカはやはり頬を膨らませて抗議した。

「紅茶は全部レモンティーかな? うん、良い香りだ」

「レモンティー、ボクは好きだよ。どことなく落ち着くから」

「そういえば、妹ちゃんはドーナツ、どれにする?」

「えっ? わ、私は後でいいですよ。レンさんとピコさんが先に決めてください」

小学生くらいの見た目の子であるが、遠慮という言葉はしっかりと学習しているらしい。目上、客人を相手に一歩引いて選択肢を残してくれるようだ。

そんな妹ルカの態度がピコの好意を誘う。

「ボクには遠慮しなくていいよ。甘いものは等しく好きだからね」

「ピコ君はわりと甘いものが好きだったよね」

「好きだよ。レン君と同じくらいにはね」

「あはは、それってどういう意味だよ」

「レンさん、少し元気が出てきたみたい」

ピコが部屋を訪れたばかりの頃は活気もなく沈みきっていたレンの声に少しずつ活気が戻っていく。それを察知した妹ルカが、笑顔で称えた。

「よかったです。姉さまやミク姉さまも心配してましたから」





「ミク姉はさ、どう思う?」

「なにが?」

後ろを歩くリンからの不意の質問に、ミクは首をかしげて振り向き立ち止まる。

「レンのこと」

「やー、レンはかわいい弟でしょ」

即答してまた前を向いて、ミクは歩を進めた。

「ごめん、アタシの説明不足だった。えーと、レンのここのところの様子が変な原因」

「なるほどね。まあ見当はついてるんだけど……」

言葉を濁すミクに、リンは訝しげに少し語気を強める。

「ミク姉はわかるの? 教えてよ」

「うーん、いいけど、言っちゃっていいのかなこれ?」

「随分ともったいつけるなぁ。そんな言い方されるとますます気になるんだけど」

ミクは腰を降ろし、目の前の陳列棚から上白糖を手にとってカゴへと放り込んだ。

ミクとリンが居るのは、二人の住む家から最寄りの食料品スーパー。家の食べ物が尽きてきたからということで、ルカから買い物を頼まれ、二人揃って買い出しに行っている最中だった。

ミクが先を歩いて必要なものを取り、後ろを歩くリンの押すカートに入れていく。

「一言で言うなら、恋の悩みだよ」

「レンだけに恋-レン-って?」

「ごめんリン、それ全然面白くない」

「ガクーーーッ!?」

一回聴いただけではネタともネタじゃないともわからないような、学芸会並みのネタを一蹴され、リンはわざとらしく肩を落とす。

「っていうか、レンが恋の悩みとか、なにそれめっちゃウケるんですけど」

博識で、年のわりには大人びたレンだ。そういう浮いた話とは無縁なイメージが、リンの中にはある。

「まあそりゃ、レンだって生き物ですからなぁ。悩みもすれば恋だってしますぜ」

ちっちっちっ、と言わんばかりに、自らの顔の前で人差し指をかざして振って見せるミク。

「そういうミク姉はミク姉でレン以上に悩みとか恋とか無縁っぽいよね」

「これはひどい」

リンからの皮肉にミクが盛大に苦笑する。

「へぇ、あのレンがねぇ……レンが、好きな人、ねぇ……」

「ヤキモチ?」

「ちょ!? 冗談も大概にしてよミク姉! 誰がヤキモチだなんて……」

「やー、こういうときに慌てるのって、図星だっていうのは相場なんだよね」

ミクは飄々と告げてリンに背中を向け、買い物の続きに勤しむ。

「仮にもしそうだとしても、レンが好きな人なんて誰なのかねぇ……っていうか、あんなクソ生意気な奴と釣り合い取れるのなんているの?」

「リンの朴念仁って大罪だと思う」

「誰が朴念仁よミク姉!」

リンのツッコミは無視され、ミクは軽々とした足取りでお菓子コーナーへと向かう。リンもその背に続いた。

前を歩くミクはスナック菓子をがさがさと漁り、次々とカゴに入れていく。カゴの中の3分の2を占有するくらいにまで入れ込んだところで、ようやくお菓子コーナーを出た。

「もー、ミク姉、そんなにドカ買いするとまたルカ姉に怒られるよ……」

「ルカ姉が怖くて買い物できるかー」

ミクは親指を突き立て、気取って見せた。言っていることはそれなりにカッコよかろうが、やっていることは単なる菓子の大量買い。しかも帰ればルカから怒られるというオプション付きである。

――全然決まってないよ、ミク姉。

そんなお姉さん分のミクに対して、リンは心の中で溜め息一つついた。

「ああ、そういえば、また今晩にマスターにこの前の収録の続きやるって言われてるんだった。頑張らないと」

「まだ終わってなかったんだね。私はその時間は多分ネットに耽ってるから頑張ってね」

「クソKYなミク姉はいっぺん死んで」





「この馬鹿! こんなにお菓子を買ってどーすんのよアンタは!!」

ミクとリンの一行が帰宅して、台所で買い物袋を当のルカに見せての第一声がこれだった。

案の定の、お菓子大量買いへの怒号である。

「やー、だって、お菓子買ってきてって言ったのルカ姉じゃーん」

「確かに言ったけど、限度ってものを知らんのかアンタは!! あ~~~~~どーしよこれ……」

「仕方ないから責任とって私が全部食べるよ」

いけしゃあしゃあとミクが手元に一袋を取り出した。

「な~~~にが、責任とって全部食べるじゃ~~~!!」

「ルカ姉、あんまり怒ると白髪が生えるよ」

「誰のせいよ、誰の!」

そのときだ。ドタドタと足音を鳴らしてこの修羅場にやってくる人の姿があった。

「姉さまー、ご馳走様でした」と、妹ルカ。

「賑やかだね、何事だい?」と、歌手音ピコ。

「ああ、ミク姉とついでにリンか」と、鏡音レン。

「ちょっと! ついでに……とはなによ!?」

と、今度はリンが憤怒のこもった声でレンに詰め寄った。

「っていうか、アンタ、アタシがミク姉と買い物に行ってる間にぬけぬけと妹ちゃん、ピコ君とティータイムやってたとか、随分と良い御身分だよね」

レンの両手には銀のトレイが抱えられ、そこに空いたティーカップやら、お皿やらが並んでいた。

「別にいいだろ。ピコ君がドーナツ買ってきてくれたから、軽くやってたんだよ」

「もちろん、リンちゃんの分もあるから、後でルカさんに出してもらうといいよ」

人の良さそうな笑顔を携えたピコが横から助け舟を出す。

「えっホントうわぁ、ありがとう! さすがピコ君イケメン! どこかの意地の悪いパツキンボーカロイドとは大違い」

単純なリンはこういう物での釣りに弱かった。

「リンが盛大に自虐かましてら」

パツキンボーカロイドといえば、リン自身にも共通する事項であるからだ。そんな揶揄を向けられたのはレンのほうだったのだが、しかし彼は軽々しく受け流す。

「レンさんそれはあんまりだと思います」

あはは、と頬を掻きながら渇いた笑いを浮かべる妹ルカの一方で、憎まれ口を向かい風の如くはね返されたリンは、

「あー……そんなこと言うなら、チクっちゃおうかなぁ?」

と、語気を強めて応酬する。

「レンの好きな人」

さらに付け足したこの一言で、場の空気が静まり返る。

やいのやいのと騒いでいたミクとルカも、まるで時が止まったかのように挙動を止めて当のリンのほうを凝視した。

「あー、リン、それは……」

と、先程から散々ルカに怒られていたミクが、バツが悪そうに言葉を詰まらせた。

「え、レンさんに好きな人がいたんですか?」

妹ルカは怪訝そうに首をかしげる。

「興味深いね。是非お聞かせ願いたいものだ」

とは、ピコの弁。人の良さそうな笑顔を浮かべたままだが、どこか引きつっているように見えるのは気の所為か。

ミクを叱り飛ばしていたルカに至っては、

「リン……アンタ、そんなことすると自分の首を絞めるわよ?」

と、少し厳しく咎めていた。

「な、なんだよそれ? なんでそんな話が出てくるの?」

当のレンは明後日の方向を向いて後ずさり。

「ふーん、否定も肯定もなしか。カマかけただけなんだけど、まあいいや」

リンはそれ以上追究せず、レンの傍らを通り抜けてすたすたと家の奥へと消えていった。


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